3年勤めた国内製造業を退職しました

 2016年に大学院の修士課程を修了し、新卒で入社した日本製鉄株式会社を、2019年4月いっぱいで退職しました。前職では、巨大な機械や高温の材料が動き回る工場内を、文字通り歩き回っていろんな角度から見ることができました。会社を辞めはしましたが、幸いにも上司や周りの人には恵まれ、力と経験を蓄えることができました。ありがとうございました。

 NTTや富士通を退職された方などの記事がバズっていましたが、どうしてもよく見かけるのはIT会社の記事のように感じます。

kumagi.hatenablog.com

anond.hatelabo.jp

 せっかくならIT系以外の会社の記事があってもいいよね、ということで、思うがままに書いてみました。なお、ここに記載する内容はあくまで私個人から観測できた内容であって、必ずしも会社全体あるいはグループ会社に波及するものではありません。あと、別に会社が嫌いで退社したわけではないので、ここで色々書くことで前職の環境が良くなればいいなとすら思います。

 さて、最初に宣言しますが、以降結構長いです。 

日本製鉄ってどんな会社?

 国内最大手*1 の製鉄会社(高炉メーカー*2)です。BtoBがメインなので、一般的な知名度は高くないかもしれません。2012年10月に新日鐵住友金属という会社が合併してできた新日鐵住金という会社が、2019年4月に社名変更したのが日本製鉄です。PRとして、こんな動画を作っています。

www.youtube.com

100年を超える中で複数の会社が一緒になっているため、結構複雑な歴史を持っています。キムタクが主演した『華麗なる一族』に出てくる帝国製鉄、そのモデルがこの会社です*3。また、歴史の教科書に出てくる八幡製鉄所もこの会社です。

これまでの経験

 高校の物理の先生になりたいと考えて大学の物理学科で教員免許を取得していましたが、研究室に入ってからはずっと小型衛星の開発をやっていました。私は主に観測機器の制御ソフトを担当でした。衛星自体はすでに通信不能になってしまったのですが、このときのソフト開発が楽しくなって*4*5エンジニアになることにしました。就活当初はSIerなども考えていましたが、「ゴリゴリ開発をしたい」という思いが強く、「うちの工場で使っている制御ソフトは全部自製だよ。作ってるよ。」という人事の言葉を信じて入社しました。*6*7

 入社後、無事社内SE*8として配属された私は、自社工場向け制御用システムのエンジニアリングを担当しました。自社工場をお客さんにした、SIerの上流工程的な業務です。そういった上流工程を避けるための会社選びをしたのに、あれこれは??、と感じたのをよく覚えています。というわけで、お客様である自社工場の方に御用聞きに行き、仕様をまとめ、お金と進捗と品質の管理をし、最終的にシステムを工場に納める、というような仕事をしていました。
 実際の実装自体はグループ会社に発注する形式をとっていましたが、汎用的な計算機レベルの話ならプロジェクトで一番くわしいみたいなポジションにいたので、たいていなんでもやっていました。ネットワークの構築からサーバーのログ解析、はたまた現場のアームにモニタ取り付けたり、UPSをラックにマウントしたりなんかもしていました。システムを導入するに際して、工場の現場を出歩くことなどもしました。4直3交代*9なので、繰り返し足を運び、ニーズを吸い上げたりアフターフォローをしたりしていました。そんな泥臭いことばかりしていたので、現場の方(=ソフトウェア実装部隊や、工場で製品を作っている方々)には、非常に良くしていただきました*10。とても誇りに思っています。 

退職理由は何か

 上流工程ではなく、ゴリゴリ開発がやりたかったのに、結局上流工程の仕事になってしまったのが最大の理由です。私の価値観として、人を束ねて率いる立場になるキャリアはアリでしたが、あくまで自分自身で開発経験を元にしたいという思いが強くありました。そのために、若手のうちは開発者として生きたいというのが強い希望でした。その上で、いくつか前職で辛いなと考えていたことを列挙していきます。下記を考慮した結果、「技術者として生きていくには周りの環境を変えていくのではなく、移るしかない」と考えた次第です。

 繰り返しにはなりますが、ここに記載する内容はあくまで私から観測できた内容だけであり、すべての職場に共通する内容ではありません。そこだけは強調しておきます。 

仕事環境が貧弱

 他の退職エントリーでも言及されていますが、私の作業環境はWindows7 32bit/Core-i5/メモリ2GBのデスクトップマシン、いわゆる事務作業用のOA端末でした。もちろんモニタは1枚で、HDD搭載機です。最適化やシミュレーションとかもやっていましたが、この環境はもはや化石です。OutlookExcel*11開いてたらすぐにメモリが死にました。一緒にプロジェクトやってた先輩が、1つのExcelファイル開くのに数10秒パソコンの前で待ちぼうけ食らっていたのは、よく見た光景です。NTT辞めた方がMacProに64GBメモリ積んでいたとか聞くと泣きたくなります(もちろん研究者と環境を比較するのはナンセンスですが)*12

 確かに、社内で研究開発費をとって自分で端末を揃える方法もありましたが、事業所を異動した瞬間に揃えた環境が取り上げられることが見えていたので、やりませんでした。それよりも、全社で共通的に使われているハードのレベルを上げたほうがいざ異動になったときに環境構築のハードルが下がると考えたからです。 

開発技術が枯れすぎている

 製鉄業が扱うエレルギーは莫大で、人が簡単に亡くなってしまう要素が揃っています。そんなエネルギーを安定かつ確実に扱うため、製鉄業の制御システムには”枯れた”技術が好まれる傾向があります。これは衛星開発やっていたときもそうだったので概ね理解はしていましたし至極納得できることでしたが、開発をサポートする環境自体も枯れた技術のままでした。
 ソフトこそはVisual Studioを購入して使っていましたが、ver管理はファイル名、テストは手動でポチポチ、仕様書はエクセルという状態です。プロジェクト内でなんとか導入していこうにも、そもそも直営側の人間がわかっていないことが殆どなので、指導もなにも啓蒙からしないといけない状態でした。なので直営側にプロジェクト問わず「最近の技術トレンドは〜」みたいな感じで情報流しても、いまいち反応が鈍い状態でした。

切磋琢磨できる技術者の欠如

 かなり大きな理由ですが、特に前後10年(入社4年目で辞めましたが)の同年代層を見渡して、技術的なトークを同レベルでできる人間がとてもレアでした。もちろん私が観測できた範囲での話ではありますが、本当に詳しいなと感じたのは50代も半ば以降の超ベテランが数名という具合で、それ以外の方はさっぱりでした。「gitって何?」という発言がそこそこの役職の方から出てきたときは目玉が飛び出るかと思いました。そういった人たちを引っ張って啓蒙活動を引っ張ってをしていく、というのも一つの生き方だとは思いますが、その選択をし続けようとは考えませんでした*13

希望するキャリアパスの存在

 私は技術でチームを引っ張るタイプでいきたい人間です。「困ったときのあの人」という存在になりたい、スペシャリストとして歩みたいと考えていました。しかし、現在の組織構成上、基本的にマネージャーとして上がっていくキャリアパスしか存在しておらず、技術特化だとある程度の出世で頭打ちになることが見えていました。私の望むキャリアパスについて話し合いを何度も持つ中で、グループ会社への出向などもちらつかせていただきましたが、せっかくなのでグループ外へ出たいという思いを貫き、謹んでお断りしました。 

 上述した技術面や人材の面でいうと「昔と比べて変わってきている。これからはどんどん変わっていくんだ!」という話を偉い方からコメントいただきましたが、少なくとも10年単位での話をされているようだったのも、グループ含め会社に残らない決断をした理由です。*14

勤務地と待遇面

 いわゆる配属ガチャです。工場が全国各地の田舎にあり、辞令一つで日本全国(というか海外もあり得る)を転々とする可能性がありました。出張移動は疲れはするものの嫌いではありませんでしたが、転勤にはいくつかデメリットがあります。入社前の時点では、勤務地についてある程度希望が通るようなことを聞いていましたが、実際入社してみるとそんなことはまったく感じられませんでした。このあたりについては、私の調査不足が大きな要因です。

 

待遇面

 給与面については後述しますが、とにかくプライベートな時間の捻出が難しいです。基本長時間勤務が常態化されており、早く帰れるのは飲み会がある日、みたいな状態です。部署によってはサービス残業が常態化しているようなことも聞こえるため、働き方改革にはまだまだほど遠いです。また、動き続ける工場を持つという特徴を鑑みると仕方ない部分は大きいですが、工場設備の調子によってプロジェクトの予定がコロっと入れ替わることもあります。

家庭を作る難しさ

 辞令一つで転勤となると、家族がいれば当然巻き込まれます。となると、今後多くなると予想される共働き家庭、これが難しくなります。また、家庭を気づいて日本で生活していく以上、東京ほど教育に優れた都市はないと考えます。進学校が集中的に存在するのはもちろんのこと、美術館を含む文化教養的に優れたものが集まってくる場所です。情報に触れるという点に置いて、日本でこれよりふさわしい場所は、少なくとも現時点では存在しないと考えます。

娯楽趣味のアンマッチ

 美術館めぐりが趣味な身としては、やはり東京一強です。東京ほど世界中の美術品がやってくる都市はありません。また、勉強会などに参加したくとも平日夜の東京で企画されていることも少なくなく、地方ではまず参加できません。製鉄所の周りは飲む打つ買うの三拍子は揃っているのですが、どれもやらない都内出身の身としては、息が詰まることがありました。

前職で良かったこと

 もちろん悪いことばかりではなかったです。古き良き日系大企業に入社し、色んなことを経験させていただきました。

人は優秀

 「鉄は国家なり」というのは鉄血宰相ビスマルクの言葉ですが、製鉄業はかつての日本の高度経済成長を支えた業種の一つであり、多くの優秀な人材が入社しています。また、昨今は人となりを重視した採用フローをしているため、悪い意味で変な人はいません。もちろん、いい意味でぶっ飛んだ方はいらっしゃいましたが、総じてプラス方向によっていました。合理的な考え方でプロジェクトのリーダーとなれる人材の集まりです。

 特に、退職前に私の上司であったマネージャーは本当に優秀な方でした。プロジェクト管理と人心掌握の点ではピカイチで、技術面に関しても自分での経験が少ないからこそ謙遜されていましたが、知識量自体はとても豊富で、上述した"本当に詳しい超ベテラン"の一人です。私が退職を決めたあとも、快く送り出してくださいました。3年で退職こそしましたが、この方が上司でなければ、もっと早く退職していたと思います。

調整事

 プロジェクトには色々な立場の人間がいるため、その間を取り持つことはうまくなります。部署と部署、メーカーとメーカーの利害関係を正しく認識し、お互いが納得できる落とし所を見つけていきます。あと、会社組織が大きいので事務処理や法律関係にも強くなりました。

待遇面

 主に給与面ですが、残業代はゴリゴリ出るので、同年代の電気メーカーとかと比べるといいほうだったんじゃないかと感じます。ボーナスは業績連動型ですが、鉄鋼の売上がだいぶ落ちこんだ今であっても、十分な額が出ているんじゃないかと感じます。ただ、残業ブーストが強いので、残業しないと並の給料だとも考えます。また、先に言及したとおりサービス残業が常態化している部署もあるようなので、結局は配属ガチャ次第です。

 また、福利厚生に関しては終身雇用(含むグループ会社への移籍退職)を前提として厚いサポートがされているとも感じます。これには業種によって会社を転々とするか、その時期にいる社員に還元するかの違いはあると考えますが、さすが大企業、と思うところはありました。 

今後の予定について

 4月までゴリゴリ働き、GW中に引っ越しと体調回復を図った後、5月より都内で開発+アルファの仕事をします。GAFAでもMでもないです。決め手は3つで、1つは「あなたの技術を活かして働いてみないか」と声をかけてくれたこと、1つは今よりも待遇が現状維持以上になること*15,1つは知ってる開発者がいること、です。いずれも大事な要件です。

 なお、実家と寮以外ではじめての一人暮らしですが、蔵書が収まりません。エンジニアの皆さん、どうしてらっしゃるんですかね。

 

*1:2016年粗鋼生産量ランキング参照

*2:鉄鉱石から鉄を作る高炉=溶鉱炉=シュワちゃんが沈んだアレ、を持っているメーカー

*3:ドラマも小説も見てないです。ごめんなさい。

*4:あまりの辛さにメンタルが半壊している時期もありました

*5:研究室入って最初に言われたのが「クロスコンパイラ作って」とそペーペーの学生にはハードルが高かった。

*6:正直就活するまで全く眼中になかったのですが、同プロジェクトの先輩が当時の新日鐵住金に入社していました。

*7:入社当初"物理系"という採用フローに乗っていました。入社後、計算機担当ということで"電気系"ということになるのですが、電気系社員と初めて出会い、その仕事を正しく理解するのは入社後でした。

*8:物理系出身でシミュレーションの経験もあったので研究所配属にしたそうな人事の雰囲気も垣間見えましたが。

*9:1組8時間勤務で、1日を3つの組で回す。残りの1組が休日。

*10:入社当初「現場でコーヒーを出してもらえたら認めてもらった証」と言われました。飴玉をもらうまで2ヶ月かかりました。異動してきた同期の女の子は、即日ケーキをごちそうになったそうです。

*11:Excel開いているのはExcel文書が蔓延しているからです。

*12:OA端末の環境は事業所によって異なるようですが、メモリ量はあっても4GBのようです。

*13:もちろん学ぶ意欲のある同期後輩はいたので、彼らをまとめて勉強会はしていました。そういったやる気あふれる人材と勉強するのは、価値ある時間でした。

*14:管理職は微分値を持って「今も徐々に良くなりつつある」というのは、どこかで聞いたことがあるような話です。

*15:福利厚生とか諸々条件が違うので一概に比較が難しいですが、多分上がっているはずです。